不安
「不安」というヤツに、ときどき出くわしませんか。
わたくしの場合、ときどき以上に、出会ってますが。
その瞬間の気持ちとなると、決していいものじゃありません。
胸が、ドキドキするとか。
あるいは、ザワザワとなってゆくとか。
不安には、2つあるような気がします。
まったくの、自分分類。
ひとつは、「バクゼン」とした不安。
この先、どうなってゆくんだろうとか。
世界が、ほんとうにヤバい方向にいっていないかとか。
この人災化した感染症が、いつまでうっとおしいのかとか。
いま、どのくらい自分に降りかかっているのかは、わからない。
実態も、よくつかみにくい。
だけど、たしかに不快なものたち、です。
もうひとつは、「実在」する不安。
もう、そのなかに足をつっ込んでいる。
足が入っているのが、わかる。
だけど、そこからどうしたらいいのか、わからない。
ひとついえることは、不安のタネは、なかなか尽きないということです。
泉のようにわいてくる。
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選択
望月ミチル、40歳。
これまで独身。
アルバイト、別名、非正規。
都会の小さなマンションくらし。
いまの世の中、こんな状況で、ヌクヌクと暮らせるわけはありません。
例の感染症は、アルバイト先の小さなレストランの経営も直撃しています。
時短にくわえて、客足も遠のく。
とうぜん、収入もへる一方。
実家はまだあるけど、頼れるというような関係は、もうない。
このままじゃ、生活は確実にハタンしてしまう。
バクゼンとした不安がつのる毎日。
いまできることは、何か。
まずは小さなマンションを出て、もっと安く暮らせる場所をさがそう。
そうして見つけたのが、同じ町にあった、そこだけ昭和レトロなアパート『若葉荘』。
2階建て。
6畳一間。
6部屋あって、6人が入居可能。
おフロとトイレは共用。
食堂も共用で、そこでは冷蔵庫や調理器も利用できる。
光熱費込みで、月5万円。
ただそ、入居条件あり。
女性であること。
40歳以上であること。
独身。
こんな中で、暮らせるだろうか。
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決断
アパートに入ると、出てきたのは管理人のトキ子さん。
もう80は超えているんじゃないか、と思われるが、おだやかな雰囲気。
このアパートの一室に、長く住む。
ほかの住人は、3人で、いまは2部屋が空いているという。
もう、ここで暮らしてみよう。
まずは、カギをもらう。
が、もらえたカギは、アパートの玄関のカギだけ。
「あれ、部屋のカギはありませんか」
「お部屋のカギは、どの部屋もこわれてて、ないのよ」
共用部分が多いので、だんだんと他の住人とも顔見知りになってゆく。
50代後半と思われる2人。
この2人は、たがいにも仲がよさそう。
一人は、こんなアパート(失礼)には不釣り合いな、シャキッとした会社員。
もうひとりも、しっかりした感じ。
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あとのひとり
引っ越して、だれもいない台所に入って様子をみる。
テーブルの下に、何かがいる気配。
えっ、と驚くと、腰まであるストレートな髪のワンピースを着た人が丸くなってもぐり込んでいる。
七瀬千波(ちなみ)。
千波ちゃんと、よばれている。
ミチルと年が近そう。
ここの住人たちは、苗字でなく、名前でよびあう習わしのようだ。
苗字は、女性にとって、複雑な問題をかかえている人もいるから。
名前を聞いて、おどろく。
かつて、一世を風靡していた作家だったからだ。
10代の大学生でデビューをし、20代ではシリーズ化やアニメ化の作品ももっていた人。
ミチルの小さなカラーボックスにも、2冊の作品がおいてある。
やがて年が近いこともあって、すこしずつ会話がうまれてゆく。
そんなこんなで、すこしずつ若葉荘になじみはじめる。
とはいえ、不安が解消されたわけでは、ない。
まずはバイト先の小さなレストランの行く末も気になる。
唯一の収入源でもあるからだ。
オーナー夫妻は、年もとり、行く先の不透明感もあって元気がない。
そろそろ店をしめようという雰囲気も伝わってくる。
かといって、そう簡単に転職先がみつかるものではない。
千波さんも、不安の中に放りこまれているようだ。
もう、昔のようには本が書けない。
売れていたころのお金も、そろそろ底をつこうとしている。
家族とは、お金がもとで、ながく交流もなくなっているらしい。
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明日
身寄りのない管理人さんも、今後の不安をかかえているようだ。
バリバリのキャリアウーマンと思った美佐子さん。
しっかりものと感じている真弓さん。
どちらの50代の先輩も、いろいろ不安があるらしい。
みんなが、不安をかかえている。
そうした、日常がつづられてゆく。
大きな事件なんかは、ない。
ないけれで、小さな事件は日常茶飯事だ。
ある晩、ミチルが帰宅すると、千波がカレー作りに挑戦している。
いままで料理しているところなんて、見たことがなかったのに。
「ミチルが帰ってくるまでに、作りたかった」
みんな、ひとりくらし。
お正月だって、だれ一人帰らず、それぞれの部屋にいたし。
でも、だれかのために料理をつくる関係がうまれてくる。
しばしば、それぞれの不安がからみあう。
そのまま大きくなってゆくのかと思うと、氷に陽があたるみたいに、溶けだすこともある。
ほぐれなくても、ゆるむこともある。
ささやかな日常のくり返し。
まだまだ、寒さはこれからです。
せめて、ココロだけでも、あたたまりたい。
そう思ったとき、とってもジンワリとくるホッカイロ本です。
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