通夜女(大山淳子著)、疲れてしまったら

くだり坂

 

急坂を、ころげ落ちてゆく。
こんな経験、ありませんか?

やること、なすこと、何もかもがうまくゆかない。
だったら、いったん立ち止まればいいじゃないか。
でも、落ちてゆくスピードが、止まることも不可能にしている。

仁科小夜子24歳が、そんな坂に入りこんだのは、大学4年生。

中高大一貫の女子校を充実してすごし、さあ次は就職
ところが、ここでつまずく。
57もの会社説明会に出て、49社のエントリーシートを提出しても、ひとつの面接にもむすびつかない。
ようやく、小さな文具会社の面接にこぎつけて、はじめて受ける面接。

そこで自分が良いと思ったことを、良くないといわれてアタマが真っ白に。

実にささいな一度のつまづきなのに、次の一歩がふみ出せなくなってしまう。
これまでの人生がボロボロとくずれ落ち、以後はとじこもりの道へ。
スマホも、電源がきれたまま、ずっとベッドの下にころげ落ちているだけ。

 



 

引っぱり出された後に

 

ひきこもって、1年3ヶ月ぶりに、外の世界へ。
しかも、特別な世界。

2つ下の弟の結婚式場
両親に腕を引っぱられ、こうこうとするシャバへでる。

同世代の参列者は、まばゆいばかりの振袖姿が目立つ。
その中にあって、小夜子は、ブラックフォーマル
大学生になったときに、喪服も必要だからと買ってもらった黒のアンサンブル。

結婚式場は、なにもかもが輝いている。
ようやく式が終えると、二次会にすすむ親や親戚から離れて、ひとり駅へと向かう。

そこで道をまちがえて、迷子になってしまう。
目についた矢印にひかれて、たどりついたのは団地の集会場。
今から、通夜がはじまるところのようだ。

ふーん、と思って通りすぎようとしたところで、急に「どうぞ」と中に引きこまれてしまう。
そうか、通夜のいでたち。

その中で、思いがけず、えも知れぬ安心感を味わう。
不幸が基本にある空気感。
幸せをみせびらかしてはいけない空間。

人生がコンチキショー」な小夜子によって、これほど居心地のいい場所があったのか、と感きわまってゆく。

 



 

通夜めぐり

 

久しぶりにわきたつ野心。
また通夜にでてみたい。

通夜の形がいやされるのかと思って、自分の部屋でを焚き、お経をスマホで流しても、快感は得られなかった。
自分の部屋には、人の不幸がないから。
自分の不幸しかない。
人の不幸が、自分を救う。

やはり実際の通夜の場に出席したい。
そうすると、顔が上気してくるのがわかる。
それは、応援しているサッカーチームが優勝して喜んでいるサポーターのようでもある。
「楽しかったオーラ」が、あふれ出してくる。

ある日、通夜会場で、ひとりの老婆と出会う。
あれ、前の通夜にも、出会っていたはず。

その老婆から、はじめて耳にするコトバがでてくる。
通夜女(つやめ)

 



 

通夜女の仁義

 

老婆は、とくとくと説明をはじめる。

通夜の席に、そっと出席する女、通夜女
通夜女は、目立たぬよう、通夜の席の風景のようにいなくてはならない。
受付はせずに、つまり香典はださずに入りこむ。
焼香だけをして、通夜ぶるまいをいただく。
そして食べるだけ食べたら、そっと辞する。

そう、通夜女は、香の煙のように、はかない存在でなければならない。
そして出席することで、遺族のなぐさめになる。

小夜子は、通夜を重ねるたびに、少しずつ居心地のよさの原因がわかってくるような気になってゆく。
そこでは「泣く」ということができる。

ふつう、人が泣くのを見るだけでは、物足りない。
自分が泣くことでいやされるものがあるのだ。
といって、簡単には泣けるものではない。

ここでは、自分の不幸で泣けなかったぶん、他人の不幸で泣けるのだ。

やがて、通夜にでる少年とも知りあう。
その子は、親から大切にされていない。
空腹をいやすために、くる。

不幸な場でくりひろげられる、さまざまな不幸のかたち

 



 

小さく、そして大きく

 

しかし、そんな心休まる通夜は、つづかない。
小さな事件が、通夜にでてゆくことにブレーキをかけ始める。

同時に、くらしが少しずつ変わりはじめる。
くらしは、折り紙を通して変化をみせはじめる。
むかし、今はなきトキばあに仕込まれ、大学のサークルでのめり込んだ折り紙。

傍観者から、自分の人生に気がついてゆく。

いま、できることを、ひとつずつ丁寧にするくらし。
折り紙を折るように、ひと折り、ひと折り、決まったことをこなしてゆく。
新しいことはない。
昔から、決まっていること。
それを、ていねいに、なぞってゆく。
そうしなければ、美しい折り紙が完成してゆかないのと同じに。

望みというのは、がんばった先にある。
でも、そのあと少しのしんぼうが、なかなかできない。
どのくらいの、あと少しなのかが、わからないからだ。
ゴールが見えない、ということ。

でも、こんな進み方もあるよ、生き方もあるよ。
そんなヒケツを教えてくれる本です。
小説の形をとっていますが、ひょっとしたら、人生の扉を開けるカギ本かもしれません。

ココロがあたたまり、モチベーションアップにつながる、すてきな本です。
ランナーだったら、すごく力をもられる。
そして、人生にも、すごく力がもらえる。

 



 
たーさん
絶望の 人生かえてく 通夜の席

 

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