「ロバのスーコと旅をする」高田晃太郎著。ペース配分

マイ スピード

 

自分の「スピード」というのを、お持ちでしょうか。
だいたい、のところでよろしいんですが。

スピードといっても、いろいろあります。
仕事のスピード。
食事のスピード。
トイレのスピード。
おフロのスピード。

ここでは「移動」のスピードを考えてみます。
移動には、「歩く」と「走る」に大別されます。
あるいは、「ゆっくり」と「いっしょけんめ」に。
ランナーにとっては、「いっしょけんめ」の「走る」スピードが関心ごとでしょう。

さて、自分の走りのスピード。
現実は、どのくらいか。
目標や理想は、どのくらいか。

一般的には、はやい方が、好まれます。
はやい走りを、めざす。
その姿は、美しいです。
なんたって、ガンバっている姿は、キラキラ。

ぼくにも、そういう時代がありました。
(もはや過去形)

ところが、これは人間社会だけの事情のようです。
そんなこと、気にしていないよ。
そういう世界も、あるんですね。
たまには、そういう世界をのぞくのも、気分転換。

 



 

そうだ、ロバだ

 

筆者は、北海道の大学を出て、道内で新聞記者になります。
もともと、ヒッチハイク好きの青年でした。

ただし記者生活は、長くはつづきません。
世界の漂白の旅へのあこがれ。

最初は、路線バスを利用する移動方法で、まわります。
ただ、何か物足りなさがのこります。

次は、徒歩の旅。
歩いたら、どこへもゆけるんだ、という事実の発見と感動へ。

そしてモロッコへわたると、ロバに出会います。
川でくんだ水や、洗濯物を背中にのせて歩く姿。
なのに、けわしい山道も、涼しげな目で悠々と歩いてゆく。

そうか、ロバがいるじゃないか。
ロバといっしょに旅ができないか。
そこでロバを一頭、手に入れ、いっしょに歩く旅にチャレンジしてみます。

しかし、ロバはあくまでマイペース
しょっちゅう道草を食べようと立ちどまり、遅々としてすすまない旅。
まさしく、本家「道草」です。

でもそのスピードとペースに、だんだんと魅了されてゆきます。

この旅をおえて日本に帰ると、ふたたび会社つとめをはじめます。
しかし、ロバとまた旅をしたい。
半年もしないで、会社をやめ、ロバの住む土地にむかいます。

最初に選んだ土地は、イラン。
そこから、この物語がはじまります。

 



 

イラン、そしてトルコ

 

なぜゆえにイラン
だってまだ国際紛争が解決されていない状況です。

ですが、土地の住人は、みな人なつっこい。
そしてまだ、ロバがくらしの中にいる。
そこでロバをさがす。

さっそくロバを入手すると、内陸地帯をロバと歩きはじめます。
いがいと、国内はおだやかです。
とくに日本人と知ると、とってもやさしい。

しかしなぜかアフガン人とまちがわれることが少なくありません。
アフガン人に対しては、敵意をむけてくる。

そして、警察権力が強大。
結局、800キロを歩いたところで、ロバを没収されてしまいます。
あっけないイランの旅の終焉。

つぎに渡ったのが、トルコ
新しいロバを手にいれます。
ここで、はじめて名前をつけてみました。
ソロツベ、血気盛んなオスのロバ。

よく食べます。
何でも、食べる。
そして、タフ。
幸せな旅がつづきます。

旅の平穏さは、ほとんどが人間関係で決まります。
(旅にかぎったことではありませんが)
気のあらい人がいます。
そして、ここでも権力は強い、ときに傲慢で横柄。
どこの国でも、おなじかもしれません。

いろんな思い出をつくって、1200キロの旅を終えると、ソロツベともお別れ。
出会い、そして別れ

 



 

スーコ登場

 

次にわたったのがモロッコ
地中海と、サハラ砂漠にはさまれた国。

こんどは、メスのロバを入手します。
スークで手に入れたので、スーコと名付ける。

まだ若いロバです。
ですから、人間にも、旅にもなれていません。
とうぜん、態度はよそよそしいですし、行動が一致してくれません。

さいしょは、スーコのペースで歩きはじめます。
すると、やがてピッタリといっていい歩調になってゆく。
旅は道連れ、だんだん共振する部分が広がってゆくのでしょう。

そしてロバは、ガマン強い性格があるようです。
同時に、自分の感情に素直なんだそうです。
休みたくなったら、座りこんでしまうこともあります。
寝転んじゃうこともある。

オアシスとオアシスをつなぐ、かわいた砂漠の道。
地中海を仰ぎみる、緑一面におおわれた野辺をつらぬく道。

歩みはゆっくりですが、一歩一歩、映りかわってゆく土地と景色。
筆者が日本人とわかると、こんな言葉も投げかけられます。
「オレのトヨタと交換するかい?」

車には、車のスピードがあります。
ロバには、ロバのスピードがある。

どこでもロバは、車やバイクにとってかわられてきています。
でも人との関わり方は、特別かもしれません。
生き物同士、という点以上に。

歩みはゆっくりでも、やがて1500キロのモロッコの旅は終えました。
そう、旅を終えたら別れ。

そして筆者は、いま、日本でロバと旅しているらしいです。
(そのことは、本には、記載がありません)

 



 

自分のスピード

 

自分のスピードをもつ。
ロバの哲学でしょうか。
けっして、馬を目指さない。
自分には、自分のスピードがあるんだから。
そういうのも、悪い気はしません。

ぼたん雪の舞うスピードって、知っていますか?
桜の花びらがハラハラと散ってゆくスピードは、どれくらいでしょうか?

両者には、共通点があるようです。
1秒0.5mのスピード。

ランナー御用達の、キロ時間に換算してみます。
すると、キロ33分のスピードになります。
(ボクの計算なので、あしからず)
1キロを33分かけて移動するスピード。
それにのって、ぼたん雪は舞い、桜はヒラヒラ。

遅いでしょうか。
いや遅い、はやいじゃなく、「美しい」と感じちゃいます。

たまには、ぼたん雪のスピードで、歩いてみる。
桜の花びらになったきぶんで、移動してみる。
ふだんの歩きの、倍くらいのゆっくりさ、です。
もちろん、制限時間つきのマラソン大会では、これでは時間内完走は困難でしょうが。

でも、ちがった風景が、見えてきそうです。
ちがった空気を、感じられそうです。

ロバのソロツベの目にうつる世界。
ロバのスーコの肌に感じる世界。

それもまた、味わい深いかもしれません。
いろな世界が、ある。

秋のマラソンシーズンを前に、ココロザシ低い内容となってしまいました。
スイマセン。
スタートドンしたら、フンばって走りましょう。

それにしても、人間のスピードって、多彩ですね。