病気の道

ありすぎです

 

健康の道」があれば、病気の道があってもよい。
というか、病気の道がないわけはありません。
むしろ、病気の道の方が多いのではないか。
そういう、病気イッパイの時代にいます。

といいつつ、「病気」をなかなかちゃんと捉えられない。
なぜなら「病名」にくわしいというわけじゃありませんし。
「病名」いっぱい、ありすぎですし。

じゃあ、どのように捉えたらいいでしょうか。
ということで、「状態」で捉えようとしてみたら、どうでしょうか。
最近の、わたくしの基本方針でもあります。
そういう心境に、なってきています。

それを「道」として、考えてみました。
状態では、ちょっと捉えにくそうだったからです。

つつがなき道」を歩むのが、健康状態です。
健康や、病気にふりまわされずにくらしてゆける状態です。

でも、いつもいつも「つつがなき道」を歩んでいられるのか。
だって、体調をくずすときだって、あります。
痛みで、なやむときもある。
食べられないときもある。

そうなると、そうなってしまった「病名」が欲しくなる。
自分のカラダが、どうなってしまったんだろう。
それを、やはり「」のイメージで考えてみます。

 



 

実際には

 

いざ「病名」をつけるとなると、いがいに手間取ることがあります。
たくさん、ありすぎるから。

でも、やっと自分の病名がついた。
それは実に、自分にピタリと合うことがある。
納得しかねることもある。

いずれにしても、やがてよくなってくれれば、いいわけです。
結果オーライというわけですね。

もんだいは、なかなか思うようにならない病気があるということです。
長引く病気。
老化もともなっているから仕方がない、そう言われちゃうと元も子もない。

 



 

道、道、道

 

病気も、「」として考えてみる。
だって、健康は「つつがなき道」を歩んでいる状態だから。

病気は、病気の道があるはず。
なんていわれても、病気の道となると、数限りなくあるんじゃないかな。
とても、とらえきれないだろう。

いえいえ、病気の道となると、それほど多くはありません。
病気の数が、数知れないのだから、病気の道の数だって同じだろう、ではありません。

踏みはずす道の数。
つまり「つつがなき道」からはずれる道の数。
それは、おおざっぱにいうと「6つ」くらいなんじゃないでしょうか。

最初に迷いこむ道なんて、6本くらいしかない。
そこを知らずにグングンといってしまうから、もどりにくくなる。
キズが深くなる。
つまりは「つつがなき道」から離れていってしまう。
そして迷えば迷うほど、いろんな病名がついてくる。

わたくしの、まったくの妄想なんですが。

 



 

6本の迷い道

 

ここに足を踏みまちがえているのに気づかないと、迷子に、いや病気になりますよ。
そういう6つの道です。

 

(1)アクセルの道

スピードの調整や、休みのスイッチにかかわる道。
この道に迷うとおこってくる状態です。
人体でいうと、自律神経やホルモンに関係しています。

(2)血管・血流の道

ちゃんと血液がながれる道は保たれているか。
つまり動脈系と静脈系の血管の性能自体。
そして、その中をながれる血は、うすまっていないか、ドロドロしてないか。

(3)水分の道

身体という土壌が、ほどよくうるおっているか。
グジュグジュと湿気っていたり、乾いていないか。

(4)寒熱の道

冷えていないか、熱をもっていないか。
細胞がはたらくには、適温いがいは、まず支障がでるものです。

(5)栄養の道

身体をつくる素材は、ちゃんと足りているか。
足りなくなってはいないか。
やせすぎ、太りすぎ、偏食は、すべて材料不全の素地となります。

(6)張力の道

動物としての関節や筋肉間のハリ具合は、適切か。
ゆるんでいないか。
かたよってはいないか。
はりすぎていないか。

この6本の道は、「つつがなき道」の具体的な内容です。
この6本がちゃんとしていれば、「つつがなき道」にいられる。
ところが、この中のある道が「つつがなき道」から、わかれはじめる。
迷走をはじめる。
その道に入りこんでゆくと、「つつがなき道」からはずれることになります。

 



 

足ウラが痛い

例をひとつ。
「走ると、足のウラが痛くなる」
「長引いている」
「さわっても、とくに何かできてはいない」
「明らかな、キズもない」

こういうとき、病名はともかく、6本のうちの、どこかの迷い道に入ってはいないか。

(1)アクセルの道へ迷う

走りすぎ、無理のしすぎは、回復を遅めます。
アクセルの踏みすぎ。
休みも大切な修復課程。

(2)血管・血流の道へ迷う

ちゃんと血管がつくられていない(とくに動脈系)。
カカトがカサカサ、ひからびている。
サラサラ(貧血)やドロドロ(糖質や脂肪でいっぱい)の血流はないか。

(3)水分の道に迷う

むくみがきていて、代謝がうまくまわっていない。

(4)寒熱の道に迷う

冷えて、本来の代謝がまわっていない。
あるいは、熱をもっていて、おかしい。

(5)栄養の道に迷う

タンパク不足(糖の過剰)などで、ちゃんとした身体がつくれないでいる。

(6)張力の道に迷う

本来の足ウラをつなぐ腱や筋のつながりが、ちゃんとしていない。
つながりをたち切る動き(走り)をしている。
張力は、足のウラからアタマまでつながっている道。

 

だいたい、これらのどれかや、いくつかがうまくいっていないと、本来の機能が期待できずに長引く原因となっているような気がします。

腰痛や、膝痛も、おなじ発想。
糖尿病や痛風もおなじ発想。
見過ごされやすい甲状腺機能低下症や副腎不全も、こういう道に迷った症状でこまっていることが多いと感じています。
はしょれば、「調子が悪い」ですまされちゃいますが。

ですから、これらの迷い道をみつけてゆくこと(いま、どの道に迷いこんでいるのか)。
そこから「つつがなき道」へ出てゆける方向をさぐること。

という発想はいかがでしょうか。

病気だけじゃなく、道に迷ったなと感じたら、まずは6つの道の確認。
そうです、体調変化も、この中のどれかから始まります。
わたくしも「年々走れなくなってゆく道」に入りこんでいます。
それは、「6つ」の道のどれなのか。

もっと速く、は望んでいません。
つつがなく走ってゆける道から、大きく外れないよう、「6つ」の迷う道に視線をむけています。

そして、はずれてきたら、つつがなき道の方向をさがしたい。
人生は、旅ですね。

 



 

たーさん
迷いこむ 道の入り口 6つだけ

 

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