主人公は、作家
加賀野小吉、50歳。
古いが広い一軒家に住み、小説をかくこと以外、ひとと会うことも、外に出ることもめったにない毎日。
食べものは、インスタントものやサプリメントですます。
近所つきあいもしない。
自治会にも入っていないので、回覧板もまわってこない。
大学時代にデビューして以来、ほとんど変わらぬ生活。
いま「ひきこもり」というコトバが社会をにぎわせていますが、この主人公も群をぬくひきこもり、といっていいかもしれません。
そこへ、ひとりの青年がたずねてくるところから、話は始まります。
「はじめまして」
青年の名は、永原智(とも)、25歳。
じつは、実の息子です。
とはいえ、生まれてから一度も会ったことはない、まさに初対面。
生活の変化
まだ主人公加賀野が大学生のとき、今から26年前、のみ会ではじめて会い、その夜に一度だけ関係をもった永原美月との間にできた子。
酒のいきおいだけで、その後も連絡はなかったものの、3か月後に子どもができたと知らせをうける。
しかし、性格的に合わない。
何度かの話しあいの結果、結婚はしないと決める。
そのかわり、ひとりで智を産み育てる美月に、加賀野は毎月10万円の養育費を払いつづけるという約束をします。
5年ほどたったころから、美月からは養育費を受けとったときに、智の写真1枚が送られてくるようになります。
それも智が20歳になると、大人になったから、と送金の要求はしなくなり、写真もこなくなっていました。
写真でしかみたことのない実の息子。
その智は、加賀野の家の近くのコンビニで働くため、その間、住まわせてほしいと一方的に上がりこんできます。
広い一軒家で、はじめて感じる、自分以外の人間の存在。
ちいさな変化
基本、生活は干渉しあわない、という約束。
それでも、台所で顔をあわせれば、会話がうまれる。
インスタントコーヒーを、いっしょに飲む。
やがて数日顔を合わせていないと、智の方から「死んでいないか」と加賀野の部屋に入ってくるようになる。
25歳の息子の出現によって、26年間動かなかった加賀野の生活が、少しずつ動きだす。
「これまで」のひきこもりといっていいような生活。
智が入ってきてからの「それから」の生活。
コンビニで買い物をする。
智のあとについて、はじめてスタバデビューをする。
智が入ってしまった自治会の集まりに、つれ出される。
少しずつ、生活が変わりはじめます。
やがて物語は、智がおしかけてきた本当の目的を明らかにしてゆきます。
そして、その目論見のとおりに、生活が動きだしてゆくか。
じーん、と胸があつくなる展開です。
決して、ソンはいたしません。
人生の分岐点
生活が変わるとき、があります。
そこを人生の分岐点とよんでおきましょう。
人生の分岐点に、道標はふつうありません。
立っているのは、「出会い」です。
わたしたちは、そんな出会いを、毎日いくつも重ねています。
もちろん、小説の中の智のような、衝撃的な出会い、なんかはメッタにはないでしょう。
もっと平凡です。
しかも、ひととは限りません。
一匹の、迷い犬。
急な夕立。
桜の大木から落ちてきたアメリカシロヒトリ。
そして、ランニングも。
何だってアリ、です。
あとは、この出会いを、出会いと受けとめられる「感性」の深さ、だけです。
出会いを、出会いと感じられなければ、そのまま通りすぎていっちゃうダケです。
「これまで」と「それから」
出会いを意識できるようになると、出会うまでの「これまで」から、出会ったあとの「それから」が始まります。
新しい一歩のはじまり。
新しい物語のはじまり。
出会いは、必ずしもハッピーなものばかりではありません。
むしろ、現実にはツライ出会い、悲しい出会い、腹立たしい出会いなんかの方が多いかもしれません(個人的感想)。
たとえば、ランニング途中の、ヒザの故障との出会い。
痛みなく走れていた「これまで」。
痛くて走れなくなってしまった「それから」。
出会いたくはなかったけれど、現実におきた出会い。
で、これからどうに走りとつき合ってゆこうか。
つき合ってゆけるのか。
ここから、次の小説の主人公は、自分になってゆきます。
そう、こんどは自分が主人公。
他人事ではない、ヒトゴトではない。
自分は、どう物語をつむぎ始めたらいいのか。
出会う前と、出会ったあとの生き方に悩んだとき、瀬尾まいこさんの小説は大きな力をくれます。
あつく、すばらしい作家です。
人生を 変えゆくものは 出会いなり
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