『朔と新』いとうみく著。見えなくなって走る

視力を失う

 

ある日、とつぜん何も見ることができなくなったら。

仮定のはなし。
ちなみに、いま、目をつむってみます。
そのまま、歩いてみる。

おそろしいです。
勝手知った自分のいえの廊下だって、こわい。
それこそ、手さぐり
ひとつひとつの感触を手でたしかめねば、先に進めません。

まして、外を歩くなんて。

朔(さく)と新(あき)
「さく」はともかく、「あき」と読むのにちょっと時間が必要かも。

男の兄弟です。
兄が朔、弟が新。
兄は高校生、弟は中学生。

どこにでもいる、ふつうの兄弟。

でも、ある事故で、兄は視力を完全に失う
そこから、はじまる物語です。

 



 

 

誰が、という訳じゃなく

 

ごくありふれた、ふつうの4人家族
サラリーマンの父がいて、主婦をしている母がいる。

兄の朔は、人あたりがいい。
勉強もできて優秀。

弟の新は、ちょっと気むずかしい。
でもランニングに目覚めると、グングンと記録をのばし始める。

そんな日常に、とつぜん起こった大事件。
兄の朔の失明

朔は盲学校に入り、家庭との連絡を断つ。
長期休暇になっても、帰省しない。

母は、ピリピリ。
父は、ガッカリ。

失明の原因をつくったわけではない、弟の新。
でも弟のワガママが事件のキッカケになったと、いえなくはない。
単なる、偶然の巡りあわせだけだけど。

無傷だった新は、しかし走ることをバッタリと辞めてしまう。
みなが傷つき、沈む。

もどらない生活、きずな。

 



 

 

朔、帰る

 

1年弱の時間。
たぶん、それだけの時間が必要だったのかもしれない。

しばしば、何かを癒してくれる一番の薬
それが時間、ということがある。

朔が家にもどってくる
白杖(はくじょう)を持って。
19歳。

弟の新は、高校生にあがっている。
しかし部活は何もしない。
陸上部からのさそいも、かたくなに心を閉ざしたまま。

ふたたび、家族4人がそろう生活がはじまる。
でも、同じにはならない。

その生活に、梓(アズ)が入って、ちいさな変化がうまれる。
アズは、朔のもとガールフレンド。
いや、アズの気持ちは変わっていない。

しかし心を開こうとしない朔には、その存在が負担になるばかり。
面倒は、かけたくないから。

 



 

 

朔、走る

 

アズを通して、弟の新が走るのをやめたことを知る朔。
アイツ、何で走りを。
ゆいいつ、熱中していたことじゃないか。

でも、うすうすは感じてはいた。
自分が失明したのは、事故だったんだ。
新のせいではない。
でも、新は、そうは思っていないはずだ。
アイツ。

もともと、朔は運動会系ではない。
ふつうの勉強好きの優等生。
本当であれば、大学生になっているはずの自分。

それが、大転進、大決心。
ブラインドマラソンを走ってみよう」

ブラインドマラソン。
マラソン大会に出ていらっしゃるランナーなら、ご存知でしょう。
目が見えなくても、輪っかのロープを共有して走るマラソン。
伴走者と一体になって、見えない世界で走る。

目をつむって走ってみれば、その恐怖はすぐにわかります。
外で歩くのだって、こわいのだから。
そんな世界にチャレンジしたい。

伴走者は、わが弟、しかいない。
たったひとりの

 



 

走った先に

 

新に「伴走者になってほしい」と打診する兄。

何、ふざけたことを。
一蹴される。
しかし、相手はオマエしかいないんだ。

朔は、まだ見えない世界を受け入れられずに苦しんでいる。
見えないことが、先の展望までも見えなくさせている。

しかしやがて新は、兄の朔の手をとって外に出る。
まずはブラインドマラソンをしている専門家の協力をこう。

最初は、新自身がアイマスクをして、見えない世界を走ってみる。
なんて予測のつかない世界。
最初に感じたのが、恐怖。
兄は、こんな世界を走ろうっていうのか。

それからは、文字通りの一歩一歩
なにしろ、走ったことなどない兄が走り出すのだから。
越えるべき山が、いくつあるのか、想像だにできない。

しかも、2人でないと走ることはできない。
反発だって、おきる。
いさかいだって、ある。

でも、何なんでしょうか。
走ってゆくことで、少しずつ変わりはじめる。
1番の根っこが、変わりはじめる。

ああ、走るって、こんなにすばらしいことなんだ。
走れることのありがたさ。
胸にジーンとくる、あたたかな小説です。

 



 

たーさん
見えずとも 走りはじめて 見る景色

 

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