ひろわれた子
「おまえは、本当はうちの子じゃないよ。
橋の下で、ひろってきたんだ」
友梨(ゆうか)が小さいころ、父親が入院した。
仕事をもつ母は、小さい弟の世話で手一杯。
そこで友梨は、ひいおばあちゃんがひとりで住む田舎の家で、しばらくすごした。
ものすごい田舎。
でも、近所の友だちもできて、さみしくはなかった。
ただ、ひいおばあちゃんのこのコトバは、幼い心にもひっかかった。
友だちのひとりに、酒ぐらの子の瑛人(えいと)がいた。
友梨は、瑛人と橋の周辺をさまよい、「本当の親」をさがす冒険もした。
そんな、かすかな記憶が残る。
そして、友梨が高校2年になったとき。
父親が、仕事をやめた。
そして、ひいおばあちゃんの土地で、農業をやるといいだす。
その父につきあう形で、友梨の一家は、この田舎に越してくる。
いままでの高校まで、1時間半もかかるようになった。
母も、同じように長い時間をかけて、仕事にかよっている。
弟は、何を考えているのか、よくわからない。
大変になった家族のために、父は主夫業をがんばってはくれているけれど。
橋の記憶
小さいころをすごした田舎で、昔の記憶がほぐれてくる。
そいいえば、「橋の下でひろわれた」だなんて。
本当の親をさがしに、瑛人くんと、橋にいったはず。
田舎に住みはじめて、すぐに、瑛人くんにも出会えた。
不思議と、違和感のない再会。
そして、橋の下で、本当の親をさがしたことも覚えていてくれた。
もう一度、さがしてみよう。
橋の下は、昔のおもかげを残していた。
ただ、友梨の気持ちが、すこし変化してくる。
ひいおばあちゃんにも、聞いてみる。
「捨てる、というのは、厄落としなんだよ」
子どもは、すぐに境界をくぐってしまうから。
大人には渡れない橋を、簡単に渡ってしまうから。
一度捨てられた子は、丈夫に育つと信じられていたんだよ。
橋の下に置くと、ちゃんとひろう人がまっていて、すぐにひろうのさ。
川は、帰ってこられない世界に通じる道でもあったから。
縁側
どの家にも、あった縁側。
ひいおばあちゃんの家にも、ちゃんとある。
「縁側は、ただの境界じゃないんだよ」
ひいおばあちゃんの説明だ。
「だから、お葬式は、縁側から出棺するからね」
正式な出入り口ではない縁側。
道につなげていないから、ちゃんともでれるかわからない。
だから、死んだ人の場合、もどってこないように縁側から出す。
そして、花嫁も、縁側から出てゆく。
これまでの居場所と縁を切らないと、新しいところに魂が定まらないから。
いろんな世界と縁をもち、縁をきる縁側。
縁側をとおして、いろんな世界の存在を知る。
自分がいる場所。
向こうにある場所。
帰る場所。
同じ世界にいる、という確信をもつための縁側。
だから、「縁側から出たら、縁側から入らなくてはいけないよ」
背を守る糸
ひいおばあちゃんが、小さな半纏をぬっている。
ひこ孫に送るために。
背中側の襟の少し下。
そんなところに、小さな蝶の刺繍をぬいこむ。
「蝶が好きな子だからね」
「だったら、前の方がいいんじゃないの?見えないでしょ」
「前じゃ、だめなんだよ」
「これは、背守りといって、子供の背中を守るために縫うものなの。
背中は自分じゃ見えないから、無防備になるだろ?」
「大人の着物は、背に縫い目があるからいいんだよ」
そういえば、友梨のTシャツの背にも、刺繍があったなあ。
小さいころを思いだす。
背を守る。
そして、その後、友梨は背守りが守ってくれる場面に出会う。
くらしの神さま
世の中は、ままならないもので、あるれている。
ある、なんてものじゃない。
あふれて、ある。
自分の努力ではどうにもあがらえないものに囲まれている。
そのなかで、生きている。
どのように、生きてゆけというんだろう。
ままならないもので、押しつぶされないためには、どうしたらいいんだろう。
そんな道を、人は歩いてきた。
太古から。
そして、何かを見つけていった。
見つけたものを、仲間に、子にたくしながら。
見つけたものを、「言い伝え」や「習慣」や「おまじない」となって残す。
生活の、ひとつの知恵。
非科学的じゃないか。
そうかもしれない。
そんなの迷信だろ。
今は、科学や進歩が解決してくれるから。
本当ですか?
科学や進歩で、幸せになりましたか。
幸せを、運んでくれましたか?
たとえば、PCRが何を運んできてくれましたか(苦笑)。
うーん。
なんだか、疲れたな。
そんなとき、ほっとする場面に出会える小説です。
ほっとする世界が、6話。
忘れちゃ、もったいない。
そんな宝石のつまった本で、たまに癒されるのも幸せかも。