海へドボン
ピンとはりつめた空気。
気温は、マイナス10℃。
目の前には、氷結した海。
そこをけずって、あらわれた海面は水温1℃。
ここで、水着になります。
ゆるゆると、そして最後は意を決してドボン。
こんな水泳体験ができますか。
やめなさい、危険です。
医学的に、推賞できません。
日本でやったら、こういわれて非難されちゃうことでしょう。
幸い、ここは日本ではありません。
冬は白夜にもなる北欧フィンランドのバルト海です。
フィンランド人の冬の楽しみのひとつに「アイススイミング」があります。
ところで、フィンランドときいて何が思い浮かびますか。
ひとつアタマに入れておいていただきたいことは、国連の評価する「世界幸福度ランキング」の上位定番国のひとつだということです。
2018年度は、1位でした。
ちなみに、日本は堂々の54位です。
そして教育水準の高さでも有名です。
世界の教育水準ランキングも1位だったなんて。
え、なのに、なぜ氷の海へドボンなんでしょうか。
フィンランドの幸せメソッド シス SISU
カトヤ パンツァル著 柳澤はるか訳 方丈社
すばらしい本に出会いました。
著者カトヤさんは、フィンランド系カナダ人を両親にもつカナダ生まれの女性です。
カナダの大都市で育ち、イギリス留学をおえると、ふたたびカナダのバンクーバー、のちにトロントにうつり、ライターや雑誌編集者として何不自由のない生活をおくっていました。
マスコミ業界にどっぷりとつかり、週末には会員制バーやクラブで飲み明かす日々。
多くの著名人とも出会います。
合間に、お金をかけて最新のダイエットやエクササイズもとり組み、自己改革の努力もおこたらない。
やせること、きれいになること、お金持ちになること。
この3つさえ解決したら、たいていの悩みはなくなると信じていたのに、心は晴れず、やがてうつ病が進行してゆきます。
そんなある日、両親のルーツであったフィンランドに、雑誌編集者としての臨時スタッフ募集を目にします。
新しいスキル、新しい世界を知るのに1~2年のフィンランド暮らしもいいかもしれない。
そう決心すると、単身、フィンランドへ渡ります。
そこで出会ったのが「シスSISU」でした。
シスに出会うことによって、生き方が変わり、人生観が一変し、やがてフィンランドで結婚、出産、そして人生を築いてゆくことになります。
その記録が、本書です。
シス(Finding SISU)とは
シスとは、コトバです。
概念です。
フィンランド人に根づいているものですが、ひとことで訳すことはむつかしい。
しいていえば、
立ちなおる力
困難にむかってゆく力
意志の力
あきらめない力
工夫の力
やりとげる力
こんな意味かもしれません。
フィンランドのくらしの中では、日常に使われるコトバでもあるようです。
たとえば、凍える寒さと降りしきる雪の中を、タクシーでなく自転車で出てゆこうとすると「オレット シスカス(シスがあるね)」と声をかけられます。
氷の海に飛びこもうとするとき、
小さい子が熱心に課題にとりくんでいるとき、
育児をがんばっている母親に、
新品でなく、価値のある中古品を修理したとき、
新鮮でおいしい盛り付けをしたとき、
どこでも、「オレット シスカス」。
シスがあるね。
単に「ガンバレ」とはちょっとニュアンスが違うようです。
挑戦しようとする決心に、声かけるのです。
結果より、行程に、声をかけるのです。
外は寒く、気分もイマイチだったとします。
「よし、それでも、ひとっ走りしてくるぞ」
「おお、シスがあるね」
こんな感じです。
本当の豊かさ
フィンランドは、くらしやすい土地とはいいにくいかもしれません。
冬には太陽が姿を消し、一面の雪と氷におおわれる世界が広がります。
大地が花咲くまぶしい夏は、一瞬かもしれません。
ところが、そういう条件の中で「シス」がはぐくまれていったのです。
はぐくみは、小さな子から始まります。
それは「責任のもてる個人」に育てることが目標とされます。
まず知識、まずお受験技術ではありません。
困難なものに取りくむ力をつけてゆくこと。
ねばり強く、挑戦してゆける力をつけてゆくこと。
自然とのふれあえる感性を育ててゆくこと。
体をしっかり使える生活にすること。
いらなくなった素材を、価値あるものに作り出してゆける力をつけてゆくこと。
そして人生の喜びを、手っ取り早さより、耐え忍んで克服する中でみつけられるようにすること。
長い冬を耐え、春をまつ「シス」が、深く根をはっています。
教育の場は、ある意味で、その国の縮図です。
子どもを大事に育てるところは、育てる人や、育てる環境も大切にします。
子どもを大事に育てるためには、食べるものを、みなで気をつけます。
子どもを大事に育てるために、身体を動かすことの大切さを、みなで共有してゆきます。
子どもを大事に育てるために、社会全体が元気になるしくみを考えてゆきます(働きすぎ、不摂生のいましめ)。
結果として、幸福度ランキングが上がってゆく。
ああ、そういうことだったのか。
シスをちょっととり入れてみる
日本も、四季にとんだ国です。
フィンランドほどではありませんが、冬になれば寒い。
今朝は寒いな。
まだ、ぜんぜん明るくならない。
外は、ピキピキに凍っているかもしれない。
いや、よぶんなことは考えまい。
氷の海へドボンの精神だ。
シスがある。
氷の海へ1分もつかると、「ホルモン・ストーム」という現象がおきるそうです。
幸せホルモンの大噴出です。
具体的には、天然鎮痛剤ともいわれるエンドルフィン、感情をととのえるセロトニン、報酬・快楽をよびこみ情緒をととのえるドパミン、愛情ホルモンのオキシトシンなどが一気に体の中をかけめぐるのです。
くわえて、血液の流れが良くなり、カロリーを消費し、免疫システムが目覚めてくる。
あれあれ、氷の海に飛び込んだ経験はまだありませんが、同じような感情を味わったことはありませんか。
暑い日、
寒い日、
小雨の日、
気分ののらない日、
疲れた日、
それでも意を決して「外へ飛び出し」、「駆け巡って」、「汗を流したあと」の気分って、同じようになってきませんか。
そう、走った日の気分。
なんだか、幸せホルモンの大噴出。
氷の海に飛び込んだわけじゃないのに。
マラソンの後半。
カラダが自由に動かなくなってくる。
でも、あきらめない。
そのときの原動力って、ひょっとして「シス」だったのかも。
わたしの近所に海はありません。
いわんや、氷のはった海は望めません。
でも、四季折々の環境がある。
ランニングがある。
どんなときも、意を決して外へ飛び出そうとすること。
「あなたには、シスがある」
うーん、幸せ。
心に「シス」を。
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