ランニング 金栗四三著、時事通信社

四三さん、ほえる

 

・精神一到何事か成らざらん、と古人は言っている。今もその通りに、薄志弱行の徒は何事も成し得ない(中略)。
さて、ただ走るにも、この精神の確固たるを要すること大である。

・胃腸の弱い人は到底駈歩(くほ、かけあし)のごとき激烈な運動はできるものではない。しかし鍛錬ということは吾人の心身修養上最も必要なことで時としては、無理なことをやってみねばならない。

・心身の調和たる発育を育成するには、単に駈歩ばかりでは不足する傾向がある。この他にも何か運動をして各筋肉や、関節をのばすことが大切です。

・吾人は、駈歩をして死ぬことはほとんどないと言いたい。もちろん卒倒はしよう。故障は起きよう。が手当てを十分にやれば、何のことはないのである。

・走るのにただやみくもに走るのと少しずつでもよいから注意して走るのとは、上達する上で大いなる差が生じている。一方は経済的に容易に走り、一方は精力を不経済に使って得る成績は大したものではない。


 

なんで、四三さん?

 

金栗四三さんは、1891年、明治24年に熊本で生まれました。
このとき、父43歳
なのでつけた名前は「四三」って、ちょっと手ェ抜いてませんか。

小さいころは病弱だったようです。
すぐに体調をくずす。

ところが小学校へ通うようになると変わってゆきます。
なにしろ自宅から小学校まで、山をこえての6キロ。
往復12キロです。
スクールバスなんてありませんから、自分の足がたより。
それが、やがてかけっこで登下校するまでになります。
これで、体が変化しないわけがありません。

そして明治43年、東京高等師範学校に入学します。
この学校は、春に3里、秋に6里の学内長距離走を全学生に課していました(1里は約4キロ)。
四三さんにとって、3里の競争なんてしたことがありません。

ところが、いざ出発してみると、頭角をあらわしてきます。
通学路での山道走は、自然な走り方を身につけてくれていたんです。

 


 

四三さん、世界へ

 

翌年には、マラソンの距離を走り、当時の世界記録を27分も短縮してしまいます。
その結果、わが国初のオリンピック選手に選ばれました。
しかし、オリンピックに記録を残すことはむつかしい。

1912年(明治45年)ストックホルム大会:途中棄権。20歳です。
1916年(大正5年)ベルリン大会:戦争のため中止。
1920年(大正9年)アントワープ大会:2時間48分45秒で16位。
1924年(大正13年)パリ大会:途中棄権。32歳、これで競技の第一線から引退。

それでも「失敗は成功の基」として、終生を教育とマラソンに取り組みます。
多彩な努力と才能は、マラソン文化を花開かせてゆきます。

箱根駅伝
福岡国際マラソン
富士山での高地トレーニング
九州一周などの超長距離走
女性のスポーツ参画

これらに多いに関わってゆきました。
そのため「日本マラソンの父」とも称された生涯は、1983年(昭和58年)に幕をとじました。
92歳。
走った距離も長いけれど、生きた期間も長いです。

 


 

四三さん、直伝の書

 

本書は、四三さんが直接残した、貴重な書です。
いわゆる誰かの解説書ではなく、原典です。
もちろん原文は、旧字体
それを、今回、現代仮名遣いに改めて再出版されたものです。

最大の特徴は、オリジナリティー
教える人もいない。
教える教科書や理論もない。

自分との対話の中で作りあげた試行錯誤の結果のランニング論です。
それが、見事。

走り方の特徴。
練習の時期や時間。
そればかりか、服装や入浴方法、食事、休息のとりかた、故障の対策と、およそランニングの全般にわたって、自分の経験をもとにしたノウハウの集大成です。

よく、ここまでバランスよく目をむけ、工夫を重ねていったものです。
繰り返しますが、四三さんの前に、マラソンはなかった時代の話です。

内容もさることながら、その発想法まとめ方生き方に共感を覚えずにはいられません。
物語文学が源氏物語から始まるように、マラソンは本書から始まった。

 


 

マラソンの母

 

四三さんは、日本マラソンの父。
そんなコトバをきくと、じゃあ「マラソンの母」は誰だろう、と考えてしまいます。

黎明期のマラソンを走った女性。
手探りでマラソンの基礎を築いた女性。
マラソンの門戸を開いていった女性。

そうするとだね、とわたしの勝手な推薦者は、増田明美さんじゃないか。
女子マラソンのノウハウもない時代、さまざまな偏見や紆余曲折のなかで作っていった記録。
すばらしい方です。

本書は、金栗四三さんのマラソン観がこれでもか、と出てきます。
現代とは、事情も、考えも変わってきていることもあるでしょう。
ときどき、これはドーなの?この意味するところは何なの?という箇所もあります。

その疑問に、なんと本書は、増田明美さんの解説が挿入されています。
ここが、本書の特徴です。

四三さんのひとつひとつに、増田明美さんが、コメントをはさんでいるんです。
ときには、コメントというより、ツッコミになっています。
あの情報収集家の増田さんです、おもしろいです。

どちらの意見に軍配をあげようか、なんてところもあります。

たとえば、四三さんは、走った後はほてっていても冷えに気をつけなさい、といいます。
増田さんは、積極的クーリング派です。
四三さんの推奨する履物は、足袋です。
増田さんは、厚底の先が傾斜する今のシューズに言及しています。

時代は、めぐる。

自分は、どっちで走っているのかな、と考えるのもおもしろい。

単なる解説書の域をこえた、じつに含蓄のある書です。

たーさん
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