サヨナラ、常識

常識を身につけなさい

 

常識というのは「世間一般のひとが、共通してもっている(べき)知識や判断」のことをいいます。

だれも、かれも、まあ、みんなということです。
そして、共通しているものです。
ふつう、そうだよね、ということ。

クラスの常識といったら、「みんな、こうだよね」と受け入れていること。

整理整頓(いあや、苦手だな)
授業中は、静かに(寝てんじゃねえ)
忘れものをしない(清潔なハンカチ)
一日一善(無理かも)

学級会のときにとりあげる「今月の目標」みたいになっちゃいますか。

常識が大切なことは、入社試験に「常識問題」が出されることからも、うかがえます。
社会人たるもの、ジョーシキをもとう。

 



 

常識ハズレ

 

一方で、十分な常識を身につけないまま、オトナになってしまった人間もいます。
たぶん、このワタクシもそのひとり。

とうぜん、世間の風当たりは、強まります。

異端者
ハズレ者

いかにもコマッタちゃん、といったニュアンスの伝わるレッテルです。

ところが、時代が変わってきました。
常識を欠く人間も、少なくはないようだ。
それどころか、常識がない人間の方が多数なのかも。

大は、ノーベル賞をもらうような大先生。
常識にとらわれない発想から、新しい発明が生まれました。

小は、あっちにも、こっちにもいる、ちょっと変わったひとたち。
たとえば、昨今流行中といってもいい、人格障害なんてよばれちゃう方々。
ADHDとか、ASDとか。

引きこもっちゃう人格障害。
社会を動かしている人格障害。
犬も歩けば、人格障害に当たる。

常識って、何なのでしょう。

 



 

常識シバリ

 

ふつう、こうだよね。
そう思いこんでしまったものは、なかなか変えられません。

自分から動けなくなってしまったひとは、ダッコして移す。
ある介護現場の、おフロ場での一場面。
赤ちゃんは、そうやって育てたんだもの、という常識的な発想。

イエイエ、10キロ以上のものを、もち上げてはいけません。
自分のカラダをこわすでしょ。
ある北欧の介護現場での常識、というのもあります。

ところ変われば。
どちらに身をおくか、で常識も変わってきます。

ともあれ、60kgの人間をもち上げるのは、大変です。

話はかわりますが、昔のお米は、タワラに入っていました。
タワラの重さは、1俵で60kgです。
全国統一、単位の常識。
人間を基準においたのでしょうか。

たぶん、ワタクシ、決して、もち上げられません。
ところが、これを5つも担いじゃうオバチャマがおったそうな。
5つといったら、300kgですよ、シェー。

 



『物流史談 物流の歴史に学ぶ人間の知恵』平原直著、流通研究社

 

疑うこと

 

1俵60kgの米俵を、5つも担いじゃうオバチャマ。

この古い写真は、いろんな場面や書物で紹介されています。
お目にされた方も、おられるかもしれません。

紹介者のコメントも、かなり似かよっています。

現代人は、1俵60kgの米俵さえ、もち上げられない。
ところが、かつては60kgの米俵なんて、だれもがアタリマエにもち運んでいたんだよ。
そういうもの、と思っていれば、みんなとはいわないけれど、ふつうにもち上げられたのさ。
ジョーシキ、にしばられない発想をもとう。
みよ、この鉄人オバチャマ。

そうか、人間の可能性は、はかり知れないものなんだな。
単純に、感動した覚えがあります。

ところが、歳とともに、そんな単純にみられなくなってきました。
あらためて、5つのタワラを担ぐオバチャマに注目。

 



 

迷探偵たーさん

 

わたしは、タワラをかつぐオバチャマの写真のなかに、2つの違和感をもちました。

ひとつは、オバチャマの背にのった5つの米俵の積まれ方。

ひとつが60kgもあるタワラを、写真のように積めますか。
ヘコミやシナリがまったくありません。
しかも重心の位置が、300kgとしては定まっていない。
それをまた1本のヒモで支えられますか。

もうひとつは、背景にうつるタワラの置かれ方。

フォークリフトもない時代に、1個が60kgもするタワラを、あんなに無造作に積み上げられますか。
写真だけでも、少なくとも9段はあるんですから。
タワラのシナリ具合も、重さの割には不自然さを感じます。
本物の米俵を9段以上につみ上げるなら、もうすこしつみ方をしっかりしないと。

以上の根拠から、これは60kgの米俵を背負った写真ではない、というのが不肖このワタクシの珍説です。
すいません、まったくの独断。
まちがっている、かもしれません。
ま、ここは、そんなことを考えるアホもいるのか、とスルーしてください。

たとえていえば、これは「炭俵」みたいなもの、ではないかと。
炭俵みたいなものなら、写真のように積んだり、背負ったりもできるのじゃないかと。
なにより、オバチャマのホッペ、炭がついているようです、笑。

それにしたって、炭俵5つをかつげる身体能力といったら、真似のできるワザではありません。
すばらしいことには、変わりはありません。

繰り返しますが、あくまで、ワタクシ個人の見解です。
まちがっていたら、ごめんなさい。

というように、「常識」に、いろんな立場から向かってみる。
ふーん、そうなのか、で終わりにしない。
すなおに、信じるだけにしない。

ランニング界にも、さまざまな「常識」が流布しています。
さあ、どれを信じるか。
ランニングは、自分のカラダで、直接判断できるところが、ありがたいですね。

 



 

たーさん
ジョーシキを 欠く人間の 世迷い言

 

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