老いの本質

歳をとるって、どうなるの


年寄りがふえています。
はい、その代表者のひとりが、わたしです。

生まれるひとが少なくなって、平均寿命がのびれば、必然的におこってくる流れです。

女性の方が、ご長寿の分、年寄り化がめだってきました。
いまや、日本人女性の半分は、50歳以上、となりつつあります。
熟女王国、です。

男性は女性ほど長生きじゃありませんから、まだ50歳以下の人口がまさっています。

ところで、「歳をとる」というのは、どうなってゆくことでしょうか。

ここでは、わたし自身の体験もふまえて、断言させていただいちゃいます。
それは「歳をとるほど、多様性が花ひらく」ということです。

歳をとる」=「多様性が増す」です。
ワクにおさまらなくなる、ということです。

多彩さ、こそが年齢がつくる特徴。
これ以上の特性を、わたしはまだ見出してはいません。

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年齢と多様性

 

ひとは、歳とともに、多様になってゆく生き物です。

新生児に、多様性はみられません。
体重も、できることも、見た目も、ほぼほぼ横並びです。
似すぎているものですから、新生児室では、手や足に名札をまいておきませんと、親であっても間違えてしまうことさえあります。

 

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小学校に入るころになれば、個性が目立ちはじめてきます。静かな子、落ち着かない子、でもランドセルをしょった姿は、みなまだ小学生です。

中学生に上がれば、さらに個性は育ってゆきます。

高校生までゆくと、もっと個々人の特徴があらわれてきます。

社会人になるころには、見た目だけではなく、つきたい仕事、好きなこと、嫌いなこと、そして生き方まで、さまざまに分かれてゆきます。

途中をはしょって、定年退職世代にもなろうものなら、もう人生バラエティ真っ盛り。

そして、多様性は、いよいよ本格的に花開いてゆきます。
ハツラツと生きるひと、寝たきりになるひと、天国にめされるひと。

 

人生90年、みごと卒業

 

漢字で九十を上からつなげると「」となります。
卒業の「」の旧字体です。
ここから、90歳を「卆寿」つまり「卒寿」といいます。 

90歳は、人生の卒業
「卒業って、何の卒業だい?」
「決まっているでしょ、人間からの卒業だよ」
「人間から卒業して、何になるの?」
「……」

口と性格の悪いわたしは、ここでふだんは「ヨウカイ」と口走ってしまうのですが、さすがに広く公にするには支障があります。アアッ。

多様性の極まった90歳。
90歳が、フツーのひとの枠組みに収まるわけないじゃん、というのがわたしの持論です。

90歳に、若者、せいぜいが中年世代からまとめあげた「正常」や「基準」や「正解」をあてはめても的外れじゃないですか、という話です。

90歳の方には、90年をかさねた「正常」や「基準」や「正解」があるんです。
ひとが生きて齢を重ねるということは、そういうことです。

そのひと独自の世界があり、その世界で生きているからこその、ご長寿があるんです。
そんなことに気づきもせぬまま、自分たちの正しさを押しつけるな。
まず、そのひとの生き方をたずねよ。

わたし自身へのイマシメでもあります。 

 

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ワクから解放

 

自分とは直接関係のない「」の世界でつくられた世の中のさまざまな「正常」や「基準」や「正解」。
多様性の目だたない若い世代のうちは、これらを「自分」に当てはめることも可能でしょう。そんなに、ばらけはないからです。

そういうものです。 

でも、生きてゆくということは、多様性の花が咲いてゆくことです。

だんだんと、「世間の正しさ」に、収まりきれなくなってゆく。
違和感の発生。
自分自身と対話していると、感じることがありませんか。

そしてそれは、歳とともに、ますます顕著になってゆくのです。

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走りを解き放つ

 

走ることは、誰のためでもない、自分の行為です。
世間の正しい走り方、指導される正しい走り方、というものは存在します。
そこに謙虚に耳をすますことも大事でしょう。

すべてを、自分で開拓するには、手間も効率も遠回りを強いられるでしょうから。

でも、いちばん大切にしたいのは、自分自身の感覚であり、自分自身との対話です。
だって、それが個性というものですし、個性は歳とともに爆発してゆくのですから。

自分に芽生える多様性を、多様性として受け入れてゆく。

そこから生まれる「」なる声に耳をかたむける。
自分の「」で生まれた正しさに、敬意を払っても、しばられすぎない。

歳をとったら、自信をもって、自分の走りの道をあゆんでゆきたいものです。
これが、自分の走り方。
これが、自分のライフスタイル。

楽しむために、人生はある。

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