秘密の地図
1枚の地図との出会いが、人生を大きくかえてゆくことがあります。
海賊のあつめた財宝をかくした太平洋の「孤島の地図」を手にいれたジム・ホーキンズ少年たちが、大海原の航海へ旅立つ波乱万丈の物語は、スティーブンソンの 名作「宝島」です。
もちろん、宝物は、やすやすとは手にはいりません。
いくたの困難が、待ちかまえています。
いろんな失敗がおこってくる。
出会いと、別れがある。
ときに、宝物とはちがったものに気がつくこともある。
人生が、ある。
その扉をあけたのは、1枚の地図との出会いです。
走りの世界へ、旅立つ
走りはじめて、人生がかわった。
走りはじめて、カラダがかわった。
走りはじめて、考え方がかわった。
経験者がしばしば口にする「チェンジ体験」です。わたしも、そのひとり。
とはいえ、走りを忘れたくらしの中にいると、走りへの扉はいがいに重いものです。
なかなか、中に入れない。
入れても、どこに向かえばいいんだろう。迷い子。
ということで、1枚の地図を紹介させていただきます。
走りの世界へといざなう「走り島」への地図です。
これがあれば、荒波でも大丈夫です。いざ、出航。
走りの地図、公開
さあ、地図の公開をします。
もったいぶりません。
単純です。
わたしのオツム構造、そのものです。
実にシンプル。
ほら、真理はシンプルなり、です。
そこには、文字でこう書かれています。
「自分なりの自然な走り方」で進め。
これだけです。
別の地図が、ほかにまだ6枚あって、すべての地図をあわせないと真の目的地にはたどりつけない、なんてことはいいません。ドラゴン・ボールではないんです。
この、ひとつだけです。
拍子抜けでしょうか。
でも、大丈夫です。
「自然さ」
これが、きちんと宝のありかまで、導いてくれます。
わたしも、ようやくわかってきたんです。
理由をのべさせていただきます。
自然さは、「気持ちイイ」
自然な走りは、とっても気持ちイイです。
走っている最中での「感覚」です。
だって、自然な行為だから。
人は、本来、そういう能力を身につけているんですね。
小さかった頃を思い出してみてください。
自分のカラダの構造にあった動き、ということです。
あっているから、気持ちイイ。あっているから、自然。
逆に、不自然になればなるほど、無理が生じて苦しくなります。
走る行為は、苦行ではないんです。
自然な走りになっているかどうか。
これは自分の「感覚」で、判断できます。
そのためには、自分の「感覚」をとぎすます必要はありますが。
自分の「感覚」は、自分でしかわかりません。
自分の「感覚」を信じること。
走るのは、自分です。
自然さは、「サッパリ」する
自然な走りをしたあとは、とっても「サッパリ」します。
だって、自然なコトをしたわけですから。
走っている最中の「気持ちのヨサ」感覚を離れたら、「サッパリ」したあと味にひたってください。
不自然な走りだったら、走り終えたあとに感じるのは、キツイ、イタイ、疲れる。
自然な走りのあとは、充実感に満たされます。
あと味の充実感は、その後の時間をいきいきさせます。
朝に走ると、長い満たされた1日がはじまります。
夕に走ると、気持ちのいい眠りがさそいます。
すてきなあと味は、記憶にふかく結びついてゆきます。
すると、また走りたくなる。
習慣化、です。
自然な走りへの地図
走っている最中の「感覚」。
走ったあとの「あと味」。
この2つが満たされるかどうか、が自然な走りの道を歩んでいるかどうか、の地図になってゆきます。
もちろん、走りの世界にも、さまざまな地図が用意されています。
苦しんで、それを乗りこえて、人よりはやく走って、記録をめざして、という世界の地図もあります。むしろ、こっちの地図の方が、売れていますか。
多分、主流派。
でも、わたしは、そういう地図は選びません。だって、そんな力も根性も、持ちあわせていませんし。
気持ちイイから、走っているんです。
あと味がサッパリするから、やめられないんです。
自然な走りを求める旅をつづけて、つくってきた地図が「飛脚走り」の世界です。
↓ よろしければ、清き1票をお願いします(1日ワンクリック有効)
にほんブログ村
コメントを残す