人生を走る リジー・ホーカー著

山をかける少女

 

むかし、「時をかける少女」というSF小説がありました。
ラベンダーの香りをかいだ少女が、身につけた能力。
そこから始まってゆく世界。
筒井康隆先生のご著書。

のちに実写映画やアニメ映画にもなってゆきました。

本書は、その「山版」といったら、言いすぎになるでしょうか。
山をかけぬけてゆく快感。
そこから走りの世界に引きずりこまれ、人生が変わりだした物語。
張本人の回想による実話です。

もちろん、わたしの走りとは、まったく異なります。
ピンとキリ、月とスッポン。

スケールが、デカすぎます。
スピードも、早すぎです。
実績も、ありすぎです。

でも、そういうのを置いておいても、たのしめます。
それが「走り」の世界のおもしろさでしょうか。

世界のトップと、田舎のオッさんが共感できる。
そう、そこなんだよね、そこ。
そんな共有できる場面がいくつもでてくる、グッとする本です。

正式名称は「人生を走る RUNNER  ウルトラトレイル女王の哲学
作者は、リジー・ホーカーさん。
全3部構成。

 



今回のリジーの写真は、彼女のホームページから引用させていただいています。
いくつかは、この本の中にも、使われています。
https://lizzyhawker.com/

 

 

第1部 発見の旅

 

イギリスの、理系の大学院生、リジー。
なんとか、博士論文のメドがついた夏。
第3回UTMB(2005年)。
ウルトラトレイル・デュ・モンブラン
モンブランを周回する155キロ、累積標高差8500メートルの旅。

そのスタートラインにたつところから、物語は始まります。
当時は、参加人数も知名度も今ほどではなく、簡単に参加ができたようです。

装備は、いたってシンプル。
ステッキも持たず(以後いつも)、最小限の装備だけを背負う。
大丈夫か?
なにしろ、オフロードを20マイル以上走ったことはない、というのだから。
( UTMBは、100マイル)。

もちろん、レースに知り合いはいない。
そしてレース中の協力者もなし。

そんな中、アルプスの雰囲気に溶けこみ、これまでの半生の回顧をおりまぜながら、レースはすすむ。
調子いいじゃない、昼も夜も。

そしてゴールで待っていたもの。
26時間53分51秒の記録と、女性1位の順位。
何かが、変わりはじめる。
(以後、同レースで、女性1位を4回、2位を1回獲得)。

 



 

 

Chamonix (FRA)
The North Face Ultra Trail Du Mont Blanc 2008
ph & Copyright Marco Luzzani


 

 

 

第2部 探究の旅

 

山をかけぬけてゆく魅力。
新しい体験は、さらなるレース出場へと導かれる。
そして、多くは女性1位という結果。

でも本当に欲したのは、山の雰囲気と走り。
とくに、ヒマラヤの山なみや村々の雰囲気。
生活を、徐々にヒマラヤに移してゆく。

やがてレースではなく、レースでは多分味わえない走りへと向かってゆく。
たとえば、エベレストベースキャンプからカトマンドゥへのトレイル。
約320キロ。
のぼりが10000メートル、下りが14000メートル。
って、想像すらできませんけど。

ここをひとりで、場所によっては伴走者をまじえてのロングラン。
漆黒の中、ドシャ降りの中、雪が混じるような中。
ときに幻覚があらわれそうな、不眠不休の長旅。

最初(2007年)は、74時間36分。
3回目(2013年)は、63時間8分。
ゴールテープが待つわけではない走り。

ただ、走ってゆくだけ。

「大切なのは、記録ではなく、メダルでもない。
レースに勝つことでも、表彰台に立つことでもない。
大切なのは、恐怖と涙。
共有された経験と、生の感情だ」

 



 



 

 

 

第3部 再発見と気づきの旅

 

第3部から、内容がガラリとかわってゆきます。
文体まで、変化ですよ。
ただし、翻訳本のね、原文は知りません。

輝かしいレース実績。
それは、 UTMBだけではありません。

24時間走選手権(2011年)では、総合1位、女性1位、女性世界記録樹立(247キロ)。
スパルタスロン(2012年)は、総合3位、女性1位(27時間2分17病)。
ほかにも、まだまだ。

とはいえ、なま身のカラダです。
これだけ駆使して、何も起こらない、わけはないかもしれません。
カラダがきしんでゆきます。
そして「故障」。

痛みに対して、多分、とんでもない耐性をもっていたとしても、限界はあります。
疲労骨折
下腿、そして大腿へ。
計6回。
さすがに、走れません。

そのあいだに、日本に1ヶ月滞在して、ヨガの研修もうけていたようです。
UTMBを、涙や希望などの感情をゴチャ混ぜにして欠場(2013年)。
走らない、という選択がつづいてゆく日々。

こんなコトは、チョー蛇足、ですがあえてひと言。
彼女は、5歳以降、お肉はたべていないといっています。
いわゆる、ベジタリアン。

しっかりした骨をつくる基盤は、良質のタンパク質です。
誤解されやすいですが、カルシウムもタンパク質あってのもの、です。
食事は、とっても大切。
はい、蛇足で申しわけございません。

しかし「起きていることは全て必要なこと」。

 

 



 

 

そして、走ることについて

 

走るのは、簡単です。
だれもが、物心つく前から、たのしんでいます。

ただし、いつまで、たのしんでいられるものでしょうか。
多くのひとは、やがて走りは、忘却の彼方へ。

ところが、再び、走りを見い出したとき。
たとえ、走ることが困難な状況にあっても。

生き方が、かわってゆくかもしれない。
物の見方が、ちがってくるかもしれない。
価値観が、回りはじめるかもしれない。

この本を書くリジーは、今も故障の中にいるようです。
逆に、だからこそか、走りが輝いているようにみえます。
走っていなくても、ココロは走っている。
そんな心境をつづってゆく文章です。

多くのランニング本がありますが、今までにない世界が広がっています。
走りのノウハウはありません。
走ることへ、キュンと共鳴してしまうシミジミ本です。

ぼくは読みながらココロ引かれてしまうところに出会うと、ページを折っちゃうクセがあります。
1回目を読んで、50ページくらい、折り目をつけてしまった本です。
折り目正しい本です。

 



 

Everest Base Camp to Kathmandu Mailrun: A sleepless 3 day, 319km journey with over 10,000m of ascent and descent


 

 

たーさん
走る場は レースを超えて 人生へ

 

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