たべて走る?走ってからたべる?

走る前にたべてます?

 

がすいては、イクサはできぬ。

今日び、イクサをなりわいにしておられる方は、どのくらいいるでしょうか。
多分、いないかもね。

いや、日々のくらしが、イクサだよ。
イクサの真剣さが必要なのさ。

そう云われますと、真剣さの足りないわたしには、立場がありません。
ところで、走る前に、たべていますか。

わたしの日常ランは、朝がほとんどです。
ウイークデイは、軽くご近所一周。
もちろん、連日は走りません、いえ走れません。

休みの朝は、ゆったりロングコース。
どちらも、何もたべずに出かけています。
水を一杯、いただくときもありますが。

ロングコース時は、腰にボトルを下げています。
それだけ。
ボトルの中身は、「」です。
南アルプスの天然水。

 



 

走ったあとの、食事

 

ウイークデイは、走ったあとは汗を流し、同時に、おフロのソージ。
着がえて、かるく食事して出勤。

休みのラン後は、冬はユズやキンカンの実などをその場でモグモグ。
いまは、季節のかわり目なので、とくになし。
夏になれば、畑のトマトなどをもいで、モグモグ。
で、そのまま多くは、昼まで野良仕事。

つまり、日常では、走りと食事の密接なむすびつきはありません。

それじゃあ、力が出なかろう。
そうか、だから万年遅いのか。

それでも、ノラ仕事は、なんとかこなしています。
夏の草むしりはヒーハーきますが、食事とは別モノの気がします。
太陽の勢いに、負けている。

ちゃんとたべてから作業した方がいいんじゃありませんか?
ハラがふくれたら、休みたくなっちゃうので。

 



 

レース前の食事

 

レースは、ふだんの走りと、ちょっとちがいます。
って、考えること自体、シロートの発想でしょうか。

ご近所ランでも、レースの真剣さで走らんかい。
はい、そういう世界からは一線を画しています。

で、特別な晴れ舞台
レースのときの食事は、どうしていますか。

かつては、レースの前は、しっかりたべとかなアカン。
とくに、ガソリンたる糖質は、いつも以上に。
ということで、カーボローディングというのを真似てみました。
オニギリとか、おモチとか。

それでも、後半落ちてくるのは、エネルギーがまだ不足だから。
足がつってくるのも、エネルギーが不十分だから。
後半の苦しさは、糖質の枯渇。

現在は、そこから、ほとんど反対方向へ歩み出しています。

いまは、ハーフだったら、いつもと変化なし。
そうそう、たべなくっても、気になりません。
あとは、スタートの時間帯で考えるくらい。
それ以上の距離では、軽く、注意しているのは糖質は少なく。

そんなふうにして、この夏で2年目になります。
ふだんも、そんな生活です。
で、何か変化がおこっているでしょうか。

いまも、走れているってことくらいでしょうか。
記録は、もともと運動オンチですから、誇れるものなどありません。

しいていうと、マラソン後半戦で歩く、というのが減っている。
30キロ以降の、足のツレが出にくくなった、かな。

いずれにしましても、ひとりの変化では、なんともいえません。
いろんな感覚を、うかがいたいです。

 



 

屁理屈

 

糖分タップリ食は、その後の血糖値の変動がはげしくなります。
連続測定ができるようになって、わかってきたことです。

この変動は、食後、数時間以上みられるようです。
お昼前、夕食前の体調変化の一因、とも考えられています。
ぐっとくる脱力感。
スーとしのびよる空腹感。

走りのせいじゃ、ないのかな?

ところで、レースのときのはなしです。
いつもよりは、興奮度が高まっています。
アドレナリンが増加中、なんていわれます。

アドレナリンは、血糖をあげる働きをもっています。
このときの血糖の原料は、何でしょうか。

本来は、直前にたべたもの、に依存していません。
カラダにたくわえてある脂質やタンパク質から「糖化」というシステムで糖を作ります。

脂質と糖質は、構成元素が同じですので、変換は容易。
タンパク質も、窒素をはずせば、糖質と同じ。
なので、変換はけっこう簡単です。

ただし、条件があります。
ふだんから、この回路を使っていること。

糖分ドップリ生活をおくっていますと、「糖化」はなかなかできません。
ですから、逆説のようですが、糖質リッチ生活の方が、低血糖をおこしやすい。

糖質ヒカエメ生活なら、「糖化」はお手の物。

 



 

文明走りと野生走り

 

農耕という文明は、糖質社会をつくりあげました。
つねに糖質をストックできる生活。
つねに糖質をエネルギーに利用できる生活。
いまのわたしたちの生活そのものですね。

社会構造も、糖質中心に回っています。
あたらしい食商品は、糖質の工夫から作られる。

その社会のスローガンが「腹がへっては、イクサはできぬ」。
なぜなら、糖分はカモ、いえ失礼、依存性を作りやすいから、です。

そんな社会から、取り残された世界もあります。
野生動物の社会。
そこでは、いまも「腹がすいたから、エモノをさがしに出かけよう」。

空腹ゆえの、行動力。
それを支える体内システムが「糖化」。

人間社会でいられる特権。
それは、両者を選択できる、という自由です。
糖質をエネルギーにするか、糖化を利用するか。

どちらの方が、カラダが動いてくれるだろう。
どちらの方が、アタマが活動するだろう。
やろうと思えば、かんたんに実験できます。
おもしろい「大人の実験室」。

カラダの中の糖分をオシッコに強制排除する薬から、妄想は広がります。

 



 

たーさん
糖質と 糖化をめぐる 攻防よ

 

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