そして、途方にくれる
目の前に、高い壁がそびえ立っていたら、どうしますか。
壁です。
しかも、高い壁、ときています。
ランニング途中、目の前にユルイのぼり坂がひかえていても、ひるんじゃうくらいですから、おおごとです。
心おれちゃいます。
たぶん、立ち往生ですね。
中国とモンゴルの間には、そういった高い壁が万里にわたって築かれているようです。
ベルリンにも、高く長い壁が、かつてありました。
いったい、どんだけの情熱と権力があれば、あんなのが作れるのでしょうか。
人間の可能性とは、うかがい知れないものです。
というか、もっと他にやることなかったのでしょうか。
タイムの壁
人間の共通のサガともいうものでしょうか。
時計、というものが発明されてから、「タイムをちぢめる」ことに情熱をかたむけるひとたちが存在します。
陸上競技の多くは、タイムをちぢめた方が勝ち、という実にわかりやすい方式をとっています。
マラソンも、例外ではありません。
いっせいにスタートして、タイムの短い方を、勝ちとする。
フィギュアスケートのように、一定のタイムの中での演技点が勝敗を決する、という世界とは一線を画しています。
ところが、タイムをちぢめる、ということは簡単なことではありません。
口でいうほど、たやすくはない。
カップラーメンがこの世に誕生して、もう20年以上になるでしょうか。
20年以上ですよ。
なのに、いまだに「3分間」の壁をやぶれません。
いまも変わらず、お湯をそそいだら、3分間は待つのです。
ああ、タイムの壁。
つくられた壁、つくる壁
ひじょうに乱暴にぶった切ってしまうと、壁には2種類あることに気づきます。
ひとつは、つくられた壁です。
つくられた、というくらいですから、自分以外がつくった壁です。
学生であれば、試験の合格点。
ランナーであれば、途中の関門時間。
この壁をのりこえないと、進級はできませんし、以後のレースは打ちきりです。
もうひとつは、つくる壁です。
自分で築く壁。
次の試験では、90点以上を目指すぞ。
こんどのマラソン大会は、自己ベストの更新だ。
これを公言することもあれば、内に秘めてメラメラと闘志を燃やすこともあります。
どちらも、壁にちがいはありません。
壁のこえ方
壁を前にして、立ち往生ばかりでは、なさけないです。
できれば、乗りこえたい。
壁の向こうの景色を堪能したい。
なんて考えるのは、若くて体力もある世代でしょうか。
年とともに、そんな気は、薄まってしまいます。
「もう、自分には、無理」
そもそも、視力も低下して、壁すらも見えなくなってきたりして。
ところが、高く、長く、けわしい、とばかり見えていた壁に、ひょっこり「ドア」があったりすることがあります(笑)。
『秘密の花園』(バーネット作)は、イギリスはヨークシャー地方にある大きな壁にかこまれた花園です。
周囲は、厚いツタにおおわれて、もう何年も放置されたままです。
中がどうなっているのか、誰もうかがい知ることはできません。
ある日、主人公のメアリは、小鳥のさえずりに惹かれて、花園のカギと入口を発見します。
というところから始まる、とても魅力的な小説です。
深い、深い、再生の物語。
わたしの、小学生時代からの愛読書。
もう、何百回読みかえしたか、わかりません。
注:花園ちがいです
秘密のトビラ
壁を前にして、考える。
あきらめる。
ひきかえす。
その前に、ちょっと左右を確かめてみます。
少しだけ後もどりをして、壁の全体像をながめてみます。
壁は、乗りこえるだけが、向こう側にゆける道ではありません。
別の方法もある。
故障という壁にぶつかり、走れなくなることがあります。
壁の大小を問わなければ、この壁は、ランナーの多くがぶつかったことがあるかもしれません。
わたしも、けっこうある。
そして、決心します。
次は、もっと努力。
もっと、筋トレ。
さらに延ばそう月間走行距離。
さあ、この壁をのりこえよう。
だけじゃない世界も、あるはずです。
壁は、どこかに、秘密のカギとトビラをもっています。
カギとトビラは、どうすれば見つけられるでしょうか?
(つづく)
高い壁 秘密のトビラ 内に秘め
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