ペットボトルを踏んじゃった

踏んじゃった

 

ペットボトルを踏むと、走りが変わる。

またバカなことを、申しあげます。
根が、バカなもんで。

かたいことは言わずに、空のペットボトルを踏んづけてみてください。
大きさは、500mlサイズの、小さなペットボトル。
2リットルサイズは、もてあましちゃう。

いや、モノはペットボトルに限定しません。
空きカンでも、結構です。
ですが、ここでは統一して、ペットボトルで通させていただきます。

ただし、地雷だけは、踏まないでください。
まあ、これは自戒でもあります。
本土決戦はなかったハズなのに、このあたりでは、いたるところに地雷が埋まっています。
不用意に、踏んづけてしまうと、ドカン。
ワタシの職場にも、笑。
何度も痛い目にあってます(個人的回顧)。

ネコを踏むのも、望ましいとは考えていません。
ネコ踏んじゃった、はピアノの世界ですね。

 



 

 

どのように踏んづけるか

 

むつかしい要求はいたしません。
単に、踏んづけてみるだけです。
幼児でも、できるでしょう。

唯一、お願いするとしたら「アシのウラ」で踏んでくださいということです。
倒れこみながらヒジでつぶす、なんていう「ニードロップ」は要求していません。
プロレスじゃないんですから。

頭づきでヘコませたるわ。
だから、踏むんだってば。

空のペットボトルでしたら、容易にへこみます。
なんだ、こんなに簡単にヘコむのか。
そう、ワタクシの気持ちと同じですね。

とにかく、いちど踏んづけてみる。
グシャリと、つぶしてみる。

できれば、足ウラの感覚をえるために、ハダシでお願いします。
これなら、家の中で簡単にできますね。

 



ペットボトルの代わりに、こういうのでも結構です

 

 

歩いてグシャリ

 

その場でつぶしたあとは、できればに出てみます。
だれもいないに、ペットボトルを置いてみます。

こんどは、歩きながら、そのペットボトルを踏んづけてみましょう。

どうしたら、スムースにつぶせるでしょうか。

じつは立ったまま、家の中でつぶしたときと、大差ありません。
アシの中心あたりで、上から下につぶす。
こうしないと、きれいに、つぶせません。

でも、いがいに歩きながらだと、静止時と同じようにはなりません。
ふむタイミング。
アシの出し方。
アシの乗せ方。

ヘタすると、ペットボトルを蹴ってしまいます。
カン蹴りするわけじゃありません。
グシャリ、としていただきたいのです。

どういう感覚が必要になるでしょうか。
アタマの中で、考えてみます。
カラダの使い方も、考えてみます。

何か、ひらめきましたか?

 



 

 

線路の枕木

 

ここから先は、イメージの世界に入ってゆきます。
ま、実際にやってみる、という根性があれば、実現は可能でしょうが。

さて、自分のよく歩くコース。
そこに自分の歩幅にあわせてペットボトルが並んでいる、というイメージをもっていただきます。
線路の枕木がずっとつづいている、というイメージです。

ただし、並んでいるのは枕木ではありません。
ペットボトルが、ずっと先まで置いてある。

その上を、一歩一歩、踏みながら歩いています。
もちろん、一歩踏みだすとともに、ペットボトルはペシャリとつぶれます。

右足でペシャリ。
つぎに左足でペシャリ。
さらに右足でペシャリ。
このイメージで、歩いてみます。

このときの足の出し方足の置き方はどうなってくるでしょうか。

こまかいことをいう前に、まず変わるのは「歩きを意識」してくる、ということです。
ふだん、わたしたちは歩きを意識することはありません。
勝手に歩けちゃうからです。
いうなれば、ほとんど無意識に歩いている。

意識にのぼるだけで、いつもの歩きではなくなっています。
この、いつもの歩きとちがう、というのが肝要です。

いろんな歩き方の指導があります。
有名なのが、背筋をのばして、力強く、大きな歩幅でカカト着地。
そう、厚労者もご推薦の歩き方例。
ウォーキング教室なんかで推奨されている歩き方。

ここでは、「どういう型で、どのように歩く」という考え方は採用しません。
お手本をマネしてゆく、という方針は採用しません。

ただペットボトルを、踏んづけながら歩く。
自分なりの踏んづけ方で歩く。

それだけ、です。
それだけで、何か感じるものはありませんか。
なにかが、変わった感は生まれないでしょうか。
そしたら、次は走ってみましょう。
(つづく)

 



 

 

たーさん
踏んでみて 感じてみたい アシのウラ

 

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