「もどかしいほど静かなオルゴール店」瀧羽麻子著。癒しの曲

出会い

 

なつかしさとの出会いが、人生に大きく響くことがあります。
あるいは、慰められることが。

忘れてしまったもの。
存在すら、気にならなくなっていたもの。

生きてゆくことは、タイヘンです。
目のまえのことに、忙殺される毎日。
ゆっくり、休もうなんて余裕もない。

そんなとき、過去のある点に出会ったら。
『失われた時をもとめて』の中の、マドレーヌの香りみたいなもの。

本書は、「」との出会いの物語です。
それも、オルゴールの音色。

オルゴール。
昔の方が、オルゴールは身近にありませんでしたか?
わが家にも、小っちゃなオルゴールがありました。
ゼンマイで、ばねを巻く。
フタをひらく。

キラキラと、かわいた楽曲が、かなで始まる。
なんの曲だったか。
そんなことも、覚えていませんけど。

最後に、オルゴールを手にとったのは、いつでしょう。
もうしばらく、触れた記憶はありません。

 



 

 

ガジュマルの店

 

そのオルゴール店は、南の島にあります。
本島までは、飛行機も通じています。
そこから、1日3便の高速艇で1時間あまり。
波にゆられて、というより、波にもまれて着くことのできる小さな島です。

夏期は、それでも、もう1便ふえます。
だけど、お天気次第で、欠航もしばしば。

そんな島の通りに面した、小さな店。
歴史は、古くはありません。
というか、開店して、まだ間もない。

建物自体は、だけど新しくはありません。
代々、移り変わりがあった店舗です。
みやげ物屋。
雑貨屋。
パン屋。

みんな、移住者が立ちあげています。
この島が、気に入った。
ここで生計をたてたい。

ところが、生計を立てるのは、やはりきびしい。
やがて店をたたんで、住人もいなくなる。
その繰り返しです。
そのため、店の名前も、その都度変わってゆく。
でも島のひとは、入り口の脇にそびえたつ大木にちなんで、「ガジュマルの店」とよんでいます。

今は、ひょろっとした男が奥に住むオルゴール屋。
なんでも、その人の心に入る曲をみつけてくれるのだとか。

 

 



 

ゆびきり

 

颯太(そうた)は、島に住む小学3年生。
夏休みに入った日曜日の夕刻。
家の前の高橋のじいちゃんの家に、都会風の母子が入ってゆくのを目撃する。

10年ぶりの高橋のじいちゃんの娘マミの帰島。
連れてきたのは、同じ小3の孫娘ユリ。

しかしマミは仕事があるといって、翌朝の船で帰ってしまう。
娘をあずけるあてに困っての、たった一晩の帰島。
じいちゃんにとっては、初めて会う孫娘。

その翌日、颯太は、奇妙な音を耳にする。
誰かが、さびたブランコをこいでいるようだ。
ユリのひく、なれないバイオリンの響きだった。

楽譜がほしい。
ユリになのまれて、颯太が連れていったのは、オルゴール店だった。
そこしか、あてがなかったから。
だがしかし、やはり楽譜があるはずはない。

でもそれをキッカケにして、ユリとも、オルゴール屋とも親密になってゆく。
やがて、夏休みも、終わりに近づく。

ユリは、自分へのおみやげに、オルゴールをつくりたいといいだす。
練習していた、バイオリンの曲。
その店は、自分の好きな曲のオルゴールも、つくってくれる。

颯太も誘われるが、聞きたい曲も、お金もない。
しかし店主のはからいで、これまでの手伝い賃ということで、作ってもらえることに。
そこで好きなアニメの主題歌を選択。
出来上がるのは、ユリの帰る日。

「颯太のことは忘れないよ」というユリ。
しかし、そんなことはない。
さみしさもつのって、結局は、ユリの見送りはゆくことができない。

ぼんやりと、オルゴール屋のドアをあける。
当然、残されていたオルゴールは、ひとつ。
あれ、でも残されていたのは、ユリの曲じゃないか。

「颯太のこと、忘れないよ」
そういったコトバが、急によみがえってくる。
颯太は、いてもたってもいられなくなり、船の見える岬に駆け出してゆく。

 

 



 

 

みちづれ

 

大学を卒業する兄と、家を出て大学にゆく咲耶。
兄妹で、卒業記念ということで、この島にやってくる。
両親は、ちょうど忙しくて、来られなかった。

兄は、地元で学んでいたが、が聞こえない。
「お兄ちゃんを助けてあげなさい」
咲耶が幼稚園に入る前から、言われてきた言葉。
家族が、特に母親は、必死に兄とより添ってきた。

この島は、兄がみつけてきた。
美しい島。
ただ目的は、それだけではなかった。
昔、大切にしていたオルゴール。
母が、兄にいつも歌っていた子守唄の流れるオルゴール。
音は届かなかったが、ドラムの回転を楽しんでいた兄。
だが、こわれて今は音をかなでない。

そのオルゴールを作った人が、この島でオルゴール屋を始めたという。
なんとか再生できないものか。

手間はかかったものの、しかしオルゴールは見事に昔の音をよみがえらせる。
そして、兄は、沙耶にもと、新しいオルゴールを送ってくれる。

曲を聴いて、おどろく。
兄のオルゴールと同じ曲、同じ子守唄

でもそのオルゴールを聴いていて、我に返る。
そういえば、母は咲耶にも、よくこの子守唄を歌っていたのだ。
懐かしい旋律が、胸いっぱいに満ちてゆく。

 

 



 

たまには、しんみり

 

すいません、結構なネタばれ。
ふたつの思いが、わきあがってきました。

ひとつは、オルゴールの音色を聞きたいな。
いまは、スマホで、すぐに聞くことはできます。
でも、です。
耳を傾けたいのは、スマホのスピーカーではありません。

クルクル回る円盤を見ながら、箱の振動を感じながら、音に触れたい。

そして、もうひとつ。
自分にとって、本当に大切な曲って、なんだろう。
そこから、かつての光景が広がってゆくような曲。

年をとったせいかもしれません。
そんな光景に無性に出会いたくなるよな、すてきな本です。
秋の夜長に、7つの物語を、一編ずつ味わえます。

 



 

たーさん
なつかしさ のせて流るる オルゴール

 

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