走ることは、苦しいですか?
走ったときに感じる「息苦しさ」の正体は何でしょうか?
考えたことがありますか。
酸素が足りなくなるからだよ。
たぶん、そうだと思います。
では、どうして酸素が足りなくなっちゃうんでしょうか?
それは、肺で酸素をとり入れるのが間に合わなくなるからだよ。
スナオな発想ですね。
でも、これはちょっとちがうようです。
肺の病気、たとえば長年タバコを吸いつづけて肺がこわれてしまった慢性閉塞性肺疾患(COPD)などの病気をもった方は、肺で酸素をすう力が落ちていますから、ふだんでも息苦しさがでてしまいます。
ところが、ふつうの人の、肺が酸素をとり入れる能力といったらハンパではありません。
ガス交換をする肺胞を広げると、小学校の教室2つほどの面積にもなるんです。
万が一、片肺になっても、十分生活がおくれる余裕ももっています。
つまり、走ったくらいで、肺がとりこむ酸素の量が足りなくなる、ということはふつうおこりません。
肺の機能を甘くみるとおこられます。
それでも苦しい
走ることは、息苦しさとのタタカイだ。
そう信じておられる方がいます。
そう信じながら、走っておられるランナーもいます。
だって、マラソン中継や駅伝をみていると、みんな苦しそうな顔をして走っているじゃありませんか。
そうですが、アレは特別な走りだから、というのを押さえておきたいと思います。
つまり、必死に「競争する世界」の走りだからです。
死にものぐるいで、限界を突破して、その1秒を削り出せ、という世界の走りです。
つまり、競技という特殊な場の、特殊な走りです。
飛脚は、競技でも競争でもありません。
人と争って走るわけでもありません。
約束の日時までに、シカジカの荷物や信書を届けるために走ったのです。
死にものぐるいで走った日には、あとがつづきません。
そして、本ブログのめざす走りは飛脚の走りです。
飛脚の走りを追求してゆけば、2〜3時間ほどを走ったとしても、道中で息苦しくなることはありません。
息苦しくならない走りもあるんです。
そして、そのためにも、走って息苦しくなる理由を考えておきましょう。
その前に、キャベツで寄り道をします。
キャベツが足りない
キャベツを手に入れるまで、というのをとっても単純に考えてみます。
キャベツは、以下の3つの流れで、消費者の手に入る、とまとめました。
(1)キャベツ畑でキャベツの生産(朝早くから収穫)
(2)収穫したキャベツを市場へ輸送(トラックブーブー)
(3)八百屋さんやスーパーで販売(らっしゃい)
とっても単純化しています。
わたしのノーミソ、単純なんです。
それでは、キャベツが手に入らない場面は、どこから生じるでしょうか。
キャベツ不足をおこす原因ということです。
3つにわけたのですから、3つの場面で考えてみます。
(1)キャベツ畑でキャベツの不作(悪天候)
(2)輸送路のトラブル、大渋滞(天災など)
(3)店舗の消失(都会も過疎化)
どれがおこっても、あるいはいくつかが重なることで、キャベツを手にいれることがむつかしくなります。
よろしいでしょうか。
酸素の流通
酸素も、キャベツと同じようにして、カラダの中を流通しています。
キャベツを思いだしながら、流通経路をまとめてみます。
(1)肺で酸素をとり入れる(畑の役目)
(2)血流にのせて、カラダの各所に酸素をとどける(トラックの役目)
(3)全身細胞の酸素のとり入れ(スーパーで買い物)
どうでしょうか、キャベツの流通に似ていませんか。
すると、酸素がたりなくなる場面も、キャベツに投影できることに気づきます。
3つにわけたので、3つの場面で考えてみます。
(1)肺で酸素が十分とりこめない(肺の問題)
(2)血流にのせて必要量を運べない(循環の問題)
(3)カラダの細胞が酸素をとりこめない(代謝の問題)
ひとくちに酸素がたりない、といっても、いくつかの理由があるんだな、ということがおわかりになっていただけたでしょうか。
ここで普通のランナーは、走ったくらいでは「肺のとり入れ」が間に合わなくなるなんてことはおこらない、といいました。
肺の能力たるや、大魔神のようにでっかいのです。
また、カラダの細胞が酸素をとりこむ能力も、特別な代謝障害(肝不全とか、腎不全とか)がない限り、走ったくらいでアップアップしません。
カラダの細胞能力もすごいんです。
すると、酸素不足は、運搬の問題か?
ずばり、そうなんですね。
輸送が追いつかない
走って感じる息苦しさは、カラダから酸素が足りないよ、というサインです。
といっても、肺で酸素が十分とり入れられなくなるから、ではありません。
肺は、ちゃんと必要なだけ働いてくれています。
肺がとり入れた酸素を、カラダの各部署に運ぶ「運搬」が間に合わなくなることが酸素不足の主原因です。
カラダは、各部署で、活動性が上がったんだからもっと酸素を届けて欲しい、と自律神経に追加注文を出します。
自律神経は、「ガッテン承知」と即座にこたえて配送を指事します。
配送センターは、急いで増便をだします。
具体的には、心拍数の増加、ということです。
1分間に70便でていたトラックが、130便に増え、150便をこえて、というような増便体制ということです。
便数は、脈拍数ともいいます。
とはいえ、無限大に便数をふやせるほどトラックに余裕はありません。
もう、これ以上の増便は無理、という時点でカラダは酸素不足にかたむきます。
そのなかで、とくに酸素不足に敏感なのが脳ミソです。
脳に酸素がいきわたらくなると、ただちに「酸素が足りない警報」を鳴らすんです。
その素早さは、地震警報と競いあうほどです。
その具体的な警報内容が「息苦しい」です。
走ったときに感じる息苦しさは、血流不足によって、脳が酸素不足を察知したさいに流れる酸素不足警報、というのが結論です。
息苦しさは、肺じゃなく脳の声です。
輸送の大切さ
輸送、というと表舞台に立つことはあまりないかもしれませんが、欠かすことのできない、とっても大切なシステムです。
いまの社会だって、「輸送」があって、はじめて成り立っていますもんね。
たとえば、電車が止まれば、たちどころに大混乱です。
災害でトラック輸送が止まれば、食ばかりでなく大きな支障がうまれます。
紛争などで、海外からの輸送がとまれば、燃料、食料をはじめ、生活全般への影響ははかりしれません。
カラダの中だって、同じです。
なにしろ、必要なものが、過不足なく運ばれてこその命です。
1秒たりとも、休まないで働きつづけてくれるのが、カラダの輸送システムです。
輸送システムを軽く見ない。
大切なことと思います。
逆に、輸送システムさえ確保できていれば、ふつうの走りの中で「息苦しい」という感覚はなくなってゆくんです。
あとは、体力がつづく限り、走れます(笑)。
輸送のなかに、走りのコツがかくれています。
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